「発信しても手応えがない」「顧客の考えが分からない」。
こうした悩みは、顧客の購買行動が複雑化した現代において、多くの個人事業主が抱える課題です。その原因は、インターネットやスマホの普及で顧客の動きが変化したにもかかわらず、マーケティングの考え方が古いままになっていることにあります。
本記事では、現代の顧客行動を解き明かす「ジャーニー型」と「パルス型」という2つのモデルを解説します。これらを理解することで、顧客への一方的な思い込みから脱却し、事業主として顧客と向き合うスタンスを整えるきっかけにしてください。
顧客行動モデル「ジャーニー型」の変遷
まず、伝統的に考えられてきた「ジャーニー型」の顧客行動モデルから見ていきましょう。これは、お客様が商品を知り、購入に至るまでの道のりを「旅(ジャーニー)」として捉える考え方です。時代と共に、マーケティングの主導権が企業から消費者へとどう移り変わっていったのか、その進化の歴史を辿ります。
モデル | 時代背景 | プロセスの特徴 | ポイント |
---|---|---|---|
AIDMA (アイドマ) |
企業主導の マスメディア時代 |
Attention→Interest→Desire→Memory→Action | 情報は一方通行。いかに広く注意を引き、強い欲求を喚起するかがマーケティングの勝負だった。 |
AISAS (アイサス) |
消費者が検索し始めた インターネット時代 |
Attention→Interest→Search→Action→Share | 主導権が消費者にも移り、検索結果や口コミ(共有)での評判が企業の生命線になった。 |
5A | SNSで「推奨」が生まれる 現代 |
Aware→Appeal→Ask→Act→Advocate | 購入がゴールではなく、熱心なファンによる推奨が新たな顧客を呼ぶ。ロイヤルティが最重要指標に。 |
企業主導の時代:AIDMA(アイドマ)
1920年代に提唱された、最も古典的なモデルです。テレビCMや新聞広告を見た消費者が、商品に注意(Attention)を向け、興味(Interest)を持ち、欲しい(Desire)という欲求を高め、それを記憶(Memory)し、最終的に店舗で購入(Action)する。情報の発信源は企業側にあり、消費者はそれを受動的に受け取るだけの存在でした。
消費者が検索し始めた時代:AISAS(アイサス)
2000年代に入り、インターネットが普及すると、消費者の行動は大きく変わります。興味を持った商品を、自ら検索(Search)して調べるようになり、購入後にはSNSやレビューサイトで共有(Share)するようになったのです。企業からの情報を鵜呑みにするのではなく、自ら情報を探し、発信する存在へ。マーケティングの主導権が、企業と消費者の間で共有され始めました。
SNSで「推奨」が生まれる時代:5A
そして現代。顧客は商品を認知(Aware)し、魅力に惹かれ(Appeal)、友人やオンラインコミュニティに質問(Ask)し、購入(Act)する。しかし、旅はそこで終わりません。商品を気に入った顧客は、熱心に他者へ推奨(Advocate)するようになります。この「推奨」が、また新たな顧客の「認知」や「質問」を生み出すという、持続的なサイクルが生まれるのです。ゴールが単なる購入ではなく「推奨者の育成」になったことからも、主導権が大きく消費者に傾いたことが分かります。
衝動的な「パルス型」消費行動とは?
さて、計画的に進む「旅(ジャーニー)」とは全く異なる、もう一つの重要な消費行動が「パルス型」です。
「パルス型」とは、2019年にGoogleが提唱した概念で、「スマートフォンの操作中などに、偶然触れた情報に刺激され、突発的・瞬間的に『欲しい』という購買意欲(パルス)が湧き上がり、情報探索から購入までを極めて短時間で完結させる消費行動」と定義されています。
計画的に情報を集めるジャーニー型とは対照的に、偶発的で、直感的・瞬発的なのが特徴です。「なんとなくSNSを見ていたら、好きなインフルエンサーが紹介していた服が目に入り、気づいたら購入ボタンを押していた」といった経験は、多くの人にあるのではないでしょうか。
この直感的な購買行動は、現代の消費を動かす無視できない力となっています。
個人事業主が「2つの型」を学ぶべき本当の理由
では、個人事業主やフリーランスなどのスモールビジネスを運営している方は、この「ジャーニー型」と「パルス型」を理解することで、日々のビジネスにどう活かせばいいのでしょうか。それは、テクニック論ではなく、顧客と向き合う「スタンス」を整えることに繋がります。
ジャーニーで凝り固まった思考を、パルスで破壊し、謙虚にジャーニーを描き直す
これが本記事の最も伝えたい核心です。顧客の行動は、計画的な「ジャーニー」と偶発的な「パルス」の両方の側面を持っています。どちらか一方だけが正しいわけではありません。この両方を理解し、受け入れることが重要です。
顧客への「慢心」からの卒業
「ジャーニー型」の知識だけだと、「この通りに情報を提供すれば、顧客を計画通りに誘導・操作できるはずだ」という、事業主側の傲慢な考えに陥りがちです。しかし、実際には、提唱されているカスタマージャーニーの通りに一字一句進む顧客はほとんど存在しません。
そこで、予測不可能な「パルス型」の存在を知ることが重要になります。それは、顧客は決して自分の思い通りにはならないという厳然たる事実を痛感させ、私たちから「顧客をコントロールしよう」という慢心を消し去ってくれます。顧客と謙虚に向き合うための、良いきっかけとなるのです。
「運任せ」の思考停止に陥らない
一方で、「パルス型」の存在を知ると、「結局、お客さんが見つけてくれるかは運でしかない。何をしても無駄だ」と、マーケティングそのものを諦めてしまう危険性もあります。
しかし、それは間違いです。「ジャーニー型」のフレームワークは、顧客の行動を完璧に予測するものではありませんが、「お客様がいそうな場所はどこか?」「どんな情報に興味を持つ可能性があるか?」と考え、戦略的に接点を探すための「地図」として、依然として非常に有効なのです。思考停止に陥らず、仮説を立てて行動するための指針となります。
まとめ:これからの時代の「顧客ファースト」とは
本記事で解説した「ジャーニー型」と「パルス型」。この2つを学ぶことは、小手先のテクニックを増やすためではありません。
大切なのは、お客様をコントロールしよう、操作しようという考えを捨てること。
そして、「お客様が情報を必要としている、まさにその瞬間」に、そっと寄り添い、最適なコンテンツや価値を提供しようと努めること。
この顧客ファーストの姿勢は、すぐに短期的な売上に繋がる魔法の杖ではないかもしれません。しかし、顧客からの信頼を地道に積み重ね、長期的に愛されるサービス提供者として活動していくための、最も重要で、誠実な「心構え」であると、私は信じています。